ありがとうございます
祖父逝去に伴い、当Blog更新を休ませて頂いておりますが
色々と暖かいコメントを頂戴しまして、本当にありがとうございます
元々爺さんッ子という事もあり(章仁という名前も爺さんの名前から引用)、
知らせを聞いてから柩の中の顔を見、葬儀に参列し、
そのお骨を拾ってきたというのに
まだ『死』や『この世に存在しない』現実を実感できずにいます
逆に今朝シャワーを浴びながら鏡に映る自分の体を見て
皮膚の下に走る血管の存在や、臓器の動きを生々しく感じて
自分はただの生物なんだという事をぼんやりと考えてしまいました
大きく泣いたのは二度
一度は爺さんの手帳を開いて、僕の名前、誕生日、入学した学校や
転勤のたびに変わった住所をその都度書き直してくれていたのを見つけた時
そして火葬場に行く前に婆さんが『またすぐに会いに行きますからね』
なんて爺さんに話しかけていた時
また、自分自身を客観的に見ると、親しい人が亡くなって、
なんとなく自分の中のどこかの機能の一部も止ってしまったように感じられます
このBlogについてもなかなか以前のようには書けないかもしれません
今回は取り急ぎご心配頂いた皆様に御礼申し上げたく、エントリしました
本当にありがとうございます
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Comments
章仁さんこんにちは。
私が祖父母を亡くしたときのことを思い出しました。
身近な人が亡くなると「死」を強く意識し、同時に「生」を見直しました。
同様に、自分や周囲の人が「ケガ・病気」をすると、「健康」の有り難さ
を痛感したりします。
普段の忙しい生活には、考えることのなかったことです。
章仁さんにとって今は耽る時期というか、充電期のようなとき
かもしれませんね、うまく言えませんが。
Blogのことはあまり負担に思われず、ゆっくりとなさって下さい。
Posted by: cooldad | May 19, 2005 12:42 PM
章仁さん>>
大変でしたね。
でも、お孫さんにそこまで思って頂けたおじいさまは幸せかも。
オイラなんて、婆さまが亡くなったとき、お寺を抜け出して(葬儀中ではなく待ち時間ですが)、近くの喫茶店でコーヒー飲んでました。
そこに兄貴(故人)が来て、「何をしてるんだ。喫茶店に行くなら誘えよ」と怒って。
お寺に戻ったら、いとこが「どうしてオレを誘わない」とコントみたいな話をして笑っていた、不幸者。
ところで、「手帳フル活用術(知的生きかた文庫・中島孝志」)」という本を買いました。
よくある手帳術の本でありきたりといえばありきたりですが、サイズが手頃なのと、実用的ノウハウから願いを叶える手帳風の内容が網羅されていて、読み物として面白そうです。
Posted by: おなら出ちゃっ太 | May 19, 2005 03:31 PM
お爺様が逝去されて、心に穴が空いた状況だと思います。残念ながら、どんな言葉をかけても、章仁さんの心を癒せないでしょう。なので、そういうことは言いません。
お疲れさまでした。そしてよく戻ってこられました。仕事も大変そうですね。一つだけ言わせてください。下は向かない。前を見てください。
Posted by: knoboru | May 19, 2005 11:30 PM
私は高校生の時に父を亡くしましたが、
きちんと「お別れ」できるまで
相当時間がかかると思います。
今でも時々似てる人を見かけて
ドキッとすることあります。
おつらいと思いますが元気になってくださいね。
うまく言えませんけど。
Posted by: えみ | May 20, 2005 12:05 AM
皆さん暖かいコメントを本当にありがとうございます
まだ不意に涙が溢れる時があり、うまくコントロールできていません
でも感情の振れ幅が段々小さくなってきたとは思います
今後もよろしくお願い致します
Posted by: 章仁 | May 23, 2005 10:57 PM